11.吃音改善のメカニズム


11.吃音改善のメカニズム

 吃音改善研究会では、日常生活の中の苦手な場面を再現して軽く吃りながら
話す練習を行ないます。それにより、「馴化(じゅんか)」のメカニズムが働き、
吃音の反応強度が下がってきます。「馴化」とは学習心理学の用語で、弱い条
件刺激による反応を繰り返す事で、反応の強度が弱くなるという現象です。例
えば、戦場の兵士が最初は砲弾の音に驚愕反応を示しても、次第に慣れ、やが
て砲弾の音にまったく反応しなくなります。これも馴化の効果によるものです。

 馴化の効果には重要な2つの法則があります。1つは、弱い条件刺激による
反応を反復継続しないと効果がない事です。つまり、強い条件刺激では効果が
なく、酷く吃って話すと、馴化の効果が働きません。我々吃音者が日常生活で
何十年も吃りながら話しても、吃音が改善できないのはそのためです。もう1
つは、馴化の効果は同じ種類の刺激に対してしか働かないという事です。朗読
やスピーチをいくら練習しても、電話や司会等、他の場面や状況には波及効果
がありません。会話やスピーチで流暢に話す吃音者が、苦手な電話では吃り続
けるのはこのためです。つまり、自分が苦手な場面の練習が必要なのです。
 
 次に、身体反応のフィードバックによって身体反応を抑えるメカニズムを働
かせます。吃った状態になると呼吸や脈拍等、意思で制御できない身体反応が
出ます。この身体反応を感じて脳へフィードバックする事により、身体反応が
自然に抑えられるメカニズムが生物には備わっています。自律訓練法や丹田呼
吸法、ヨガも同じ仕組みによると考えられます。例えば、ヨガの行者は心臓を
止めたり、脈拍を早めたりといった不随意的な反応をコントロールできます。
とは言え、我々がヨガの行者と同じ訓練をするのは不可能です。吃音の身体反
応が起きた状態でのフィードバックが最も効率の良い練習であり、吃音の身体
反応を消す事ができます。また、フィードバックによる反応軽減が報酬となり、
オペラント(道具的)条件付けのメカニズムも働くものと考えられます。
 
 最後に、吃らなくなった練習を反復し、新しい条件反応を形成します。正確
に言えば、神経細胞がその条件刺激に対して抑制性の機能を持つようにするの
です。ある場面や状況で馴化により反応強度を下げ、フィードバックによって
身体反応を正常に戻し、普通に話す練習を行ないます。吃らないようになって
も、同じ条件刺激の下で練習を繰り返します。すると、その条件刺激に対して、
神経細胞がシナプスから抑制性の神経伝達物質を放出し、吃音の条件反応を抑
制するような、新しい条件反応が形成される訳です。以上の一連のステップを、
ある場面や状況毎に行い、段階的に難易度を上げて練習を行ないます。